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韓国と私

第3話|初めてのソウル。財布はパンパン、ビビンバは混ぜられない

#ソウル #韓国 #韓国料理 #韓国旅行 

なんとか東大門のモーテルにたどり着いて、いよいよ私のソウル3日間がスタートした。

まず必要なのは、お金。

初めての韓国なので、当然ウォンなんて全く持っていない。
空港でとりあえず移動できる分だけ両替して、残りは宿に着いたあと、街に繰り出してから両替した。

当時はまだ5万ウォン札がなく、一番大きなお札は1万ウォン札。
WOWPASSなんてものもないから、支払いは現金かクレジットカードだった。

クレジットカードも、このブランドは使えるのか、使えないのか。そんな不安があったので、現金一本にした。

まとまった金額を両替すると、全部1万ウォン札でくる。

何十枚もお札を渡されて、まるでお金持ちになったような気分。
1万ウォン札を10枚ずつ束ねて財布に入れたら、ものすごく分厚くなって笑えた。

石焼ビビンバが、うまく混ぜられない

機内食以来、何も食べていなくてお腹が空いたので、明洞へ出てまずは腹ごしらえ。

初めての韓国ごはんは、ガイドブックで見て食べたかった石焼ビビンバ。


明洞にある「全州中央会館」へ向かった。

当時、明洞で石焼ビビンバといえばここ、というくらい有名なお店だった。

まず、あの熱々の石鍋に感動。
目の前で、プチプチと焦げる音が聞こえる。
ごま油とナムルのいい香り。

そして、料理と一緒に出された箸とスプーンを見て、またびっくりした。

どちらも金属製。
日本では木やプラスチックの箸、短めのスプーンに慣れていたので、金属の箸がなんだか新鮮だった。

しかも、スプーンの柄がすごく長い。

ビビンバを混ぜるのに、この長さがとっても良くて、なるほどと感心した。

そして、いざ食べようと思って困ったのが、食べ方だった。

当時の私は、ごはんと具を全部混ぜて食べることに慣れていなかったのと、もともと混ぜて食べるのが好きではなかった。

「これ、どうやって混ぜるの?」

と、かなり手こずった(笑)。

コチュジャンは見た目が辛そうなので少しだけかけて、火傷しないように、長いスプーンでそっと混ぜる。

たぶん韓国人が見たら、混ぜているとは思えなかったかもしれない(笑)。

底のおこげをスプーンではがして、また混ぜて、食べる。

初めて食べた、本場の韓国料理だった。

一人旅のごはん事情

韓国へ行く前の私が知っていた韓国料理なんて、焼肉とキムチくらい。
だから、本当は滞在中に焼肉も食べたかった。

でも当時は、今ほど一人で食事をする文化がなくて、焼肉屋も2人前から注文するお店がほとんどだった。

どうしても食べたいときは、2人前を注文するしかない。
一人旅の私には、焼肉屋はかなり敷居が高かった。

その代わり、一人でも食べやすいものをいろいろ食べた。

トッポッキ、キンパ、ホットック。

屋台で買って、そのまま食べられるものは一人旅にはありがたかった。

ロッテデパートの地下にあるフードコートにも行った。
韓国の食堂は、基本的に一つの料理を専門に扱うお店が多く、ファミレスのように一つの場所でいろいろなメニューを選べるわけではない。

その点、フードコートなら、写真を見ながらたくさんの種類の中から好きなものを選んで食べられる。
一人旅の私にとっては、まるでファミレスのようで、とてもありがたい場所だった。

ここなら一人でも全然気にならない。

何を食べたかはもうはっきり覚えていないけど、たしか冷麺だったような気がする。

ソルロンタンのおいしさに感動

明洞では、神仙ソルロンタンにも行った。

私はもともとスープ類が好きなので、初めて食べたソルロンタンが本当においしくて感動した。

白いスープに、自分で塩を入れて味を調整して食べる。

そして、テーブルにセットされたキムチ。

食べ放題なのが、とっても感動した。

ここのキムチは特においしくて、その後の渡韓でも買って帰ったりした。

「やっぱり日本で食べているのとは違うなぁ」

と思ったのを覚えている。

明洞衣料がめちゃくちゃ楽しかった

全州中央会館のすぐ近くに、「明洞衣料」というお店があった。

ここが、めちゃくちゃ楽しかった。

感覚的には、今でいうドン・キホーテみたいなお店。
服も雑貨もいろいろあって、とにかく安い。

何があるのか見て歩くだけでも楽しくて、かなり長い時間いた気がする。

今の明洞とは、街の雰囲気もずいぶん違っていた。

南大門、そして夜の東大門へ

滞在中は、南大門市場にも行った。

とにかく人が多い。
あちこちから呼び込みの声が聞こえてきて、初めて見る市場の勢いに圧倒された。

言葉は分からないけど、とにかく活気がすごい。

夜は東大門へ。
ミリオレやドゥータに行って、洋服も買った。

でも、道路を挟んだ反対側にあった卸のビルの方は、当時の私にはちょっとディープすぎた。

一人だし、言葉も分からないし、

「こっちはちょっと怖いな……」

と思って、入れなかった(笑)。

道路沿いには屋台がずらっと並んでいて、それもびっくりした。

歩いていると、なんとも言えない独特な匂いがする。
あとで、それがポンテギだと知った。

正体を知ったらますます苦手になって、店の前を通るときは息を止めた。

地下鉄より歩いたかもしれない

移動は基本的に地下鉄だったけど、当時は今ほどエレベーターやエスカレーターが充実していなかった。

階段の上り下りが本当に大変。

韓国の階段って、一段が高いのか、石だからなのか、やたら足が疲れた記憶がある。

それなら歩いた方がいいと思って、明洞から南大門まで歩いたり、かなり徒歩で移動していた。

そのおかげで、地下鉄だけでは見えない街の様子もいろいろ見ることになった。

初めてのソウル。

知っている食べ物も少ない。
言葉も分からない。
一人で入れるお店も限られている。

それでも、食べたことのないものを食べて、見たことのない店に入って、安い服を買って。

とにかく見るもの全部が珍しかった。

今振り返ると、たった3日間なのに、本当にあちこち歩き回っていたと思う(笑)。

そして、楽しいだけじゃなく、

「日本と全然違うなぁ」

と驚いたこともたくさんあった。

次は、今ではすっかり変わってしまった「あの頃のソウル」で驚いたことを書いてみようと思う。

この記事の著者

天野 直美

1963年5月25日東京生まれ。幼少期よりものづくりが好きで、ジャンルを問わず独学で習得。2001年1月に韓国へひとり旅したの機に韓国語を習い始め、以降韓国に深い興味を持つ。渡韓を繰り返すうちに韓国伝統文化の美しさに魅了され、コロナ渦の在宅を機に韓国の民族衣装「韓服」のミニチュアを作り始める。2021年31年勤務した会社を退職し、小さなチマチョゴリのオンセミロマダンを立ち上げる。2022年長年の夢であった韓国へ9ヵ月の語学留学をし、6級を卒業。2023年帰国後本格的に活動を始め現在に至る。

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