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韓国と私

第1話|韓国に興味ゼロだった私が、ひとりでソウルへ行った理由

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今では頭の中がほぼ「韓国化」したと思うほど韓国が好きな私だけど、最初から韓国に興味があったわけではない。

きっかけは、2001年1月。
思いがけず手に入った、たった3日間の自由だった。

この3日間が、その後26年も続く韓国との付き合いの始まりになるなんて、その時の私は知る由もなかった。

初めて手にした、誰にも気兼ねしない3日間

当時、私はシングルマザー。

子どもが小学校に上がる前から、ずっと二人で暮らしてきた。

もちろん、それまでにも自分の時間がまったくなかったわけではない。

子どもが一人で実家に遊びに行ったり、父がどこかへ連れて行ってくれたりすることもあった。

だけど当時は、残業が美徳とされていたような時代。

平日にできなかった残業を休日で埋めることも多く、子どもがいない日でも、丸ごと自由に使える時間はほとんどなかった。

何時には帰らなくちゃ。
夕飯はどうしよう。
明日は何か準備するものあったかな。

一人でいても、頭のどこかではいつも子どものことを考えていた。

そんな時、子どもが中学2年生で、学校行事のスキー旅行に3日間出かけることになった。

「え、3日間ひとりじゃん」

誰の予定も気にしなくていい。

子供の行き帰りさえ押さえたら、何時に帰るかも、何を食べるかも、どこへ行くかも全部自分で決められる。

子どもが生まれてから、そんなふうに3日間まるごと自由に使える時間は初めてだった。

たった3日。

でも当時の私にとっては、宝くじに当たったような3日間だった。

せっかくできたこの時間。

家でのんびりして終わるのは、なんだかもったいない。

どこかへ行きたい。

国内旅行に行こうかな?

でも、調べてみると国内も意外と高い。

だったら、どうせなら海外もいいかも。

ふと思った。

なぜ韓国だったのか

とはいえ、自由に使えるのは3日間だけ。

2泊3日で行ける場所って言ったら、韓国か台湾かなぁ。

台湾は以前行ったことあるから、一番近いし行ったことない韓国かな…と思った。

でも、その頃の私は韓国が好きだったわけでも、興味があったわけでもない。

今ほど韓国旅行が身近ではなかったし、私の周りに「韓国大好き!」なんて人は1人もいなかった。

当時、韓国といえば会社旅行の行き先、みたいな印象が強かった。

行ったことのある友人からも、

「ぼったくられた」

とか、

「あんまりいい印象なかったよ」

みたいな話を聞くことが多くて、正直、私自身も韓国に良いイメージは持っていなかった。

韓国料理といえば焼肉。

あとはエステとかコピー商品とか。

今思えば、ずいぶん偏ったイメージしか持っていなかったなぁ〜。

それでも、せっかくできた3日間。

「一番近い海外だし、行ってみるか」

本当にそんな感じだった。

まさか、この軽い気持ちで選んだ韓国が、その後の私の人生にこんなに深く入り込んでくるなんて、この時は想像もしていなかった。

じゃあもう、一人で行くしかない

ところが平日の3日間。

自分は何とか有給を取ったものの、いきなり平日3日間を休み取って一緒に行ってくれる人はいない。

しかも当時は、ツアーに一人で参加するとかなり高かった。

じゃあもう、自分で行くしかない。

そうして、初めての海外ひとり旅をすることにした。

今ならスマホひとつで、航空券もホテルも地図も口コミも全部調べられる。

でも、2001年。

もちろん、そんな時代じゃない。

まずガイドブックを買って、当時、韓国旅行をする人たちの間では有名だった「ソウルナビ」を見ながら少しずつ調べ始めた。

航空券を予約して、ホテルも自分で探した。

当時は旅行客が泊まるホテルと言えば「ロッテホテル」が有名だったけど、母子家庭の私には一人でそんな高級ホテルに泊まる余裕はない。

ソウルナビを見て、一人でも大丈夫そうな宿を探す。

泊まることにしたのは東大門にあるモーテル。

日本で「モーテル」なんて聞いたら、

「えぇ〜」

って感じだけど(笑)、韓国では気軽な宿泊施設として普通に使われていた。

でも今思うと、

「初めての海外ひとり旅で、よくそこ選んだな」

と思う(笑)。

理由は一つ。

安かったから。

寝られればいいし、東大門ならば夜中に市場に行っても歩いて帰ってこれる。

治安のわからない海外で、不安がないわけじゃないけれど、初めての一人旅の期待の方が大きかった。

スマホもない。ハングルも読めない。それでも行きたかった

ガイドブックとソウルナビを見ながら、3日間の予定も自分で組んだ。

当時は今みたいに、ソウルの中に次々と観光スポットがあるわけでもない。

私が調べた中では、明洞、南大門、東大門が王道だった。

まずは有名な場所を見て、代表的な韓国料理を食べてみよう。

そんな、今思えばかなり素朴な旅行計画だった。

携帯も現地で使えない時代だったから、地図もクーポンも、必要なものは全部印刷して持っていった。

分からなくなったら、その紙を見るしかない。

韓国語も分からない。

ハングルも読めない。

初めての海外ひとり旅。

今考えると、不安になる材料はいくらでもあったはずなのに、不思議と期待は膨らむ一方だった。

「やめよう」

とは全く思わなかった。

初めて手にした、誰にも気兼ねしなくていい3日間。

せっかくなら、知らないところへ行ってみたい。

今まで経験しなかったことをしてみたい。

まるで「初めてのお使い」のような、大きな冒険。

怖さより、ワクワクする気持ちの方がずっと大きかったんだと思う。

こうして2001年1月17日。

私はひとりで韓国へ向かった。

この時はまだ、

このたった2泊3日の旅が、その後26年続く韓国との付き合いの始まりになるなんて、

もちろん思ってもいなかった。

次は、韓国に着いて早々、地下鉄で半泣きした話(笑)。

この記事の著者

天野 直美

1963年5月25日東京生まれ。幼少期よりものづくりが好きで、ジャンルを問わず独学で習得。2001年1月に韓国へひとり旅したの機に韓国語を習い始め、以降韓国に深い興味を持つ。渡韓を繰り返すうちに韓国伝統文化の美しさに魅了され、コロナ渦の在宅を機に韓国の民族衣装「韓服」のミニチュアを作り始める。2021年31年勤務した会社を退職し、小さなチマチョゴリのオンセミロマダンを立ち上げる。2022年長年の夢であった韓国へ9ヵ月の語学留学をし、6級を卒業。2023年帰国後本格的に活動を始め現在に至る。

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